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クリスは次に何をしようかと考えているようだ。この子は疲れなんて知らない。このモーテルの一風変わった雰囲気がクリスをワクワクさせているようで、彼は自分たちがキャンプでそうするように私たちに歌でも歌ってほしいようだ。
“俺たちはあまり歌が得意じゃないんだよ。” ジョンが言う。
“じゃあ物語を語るのはどう? クリスが言った。しばらく考えてまた口を開く、”じゃあ、何かおもしろい怪談は知ってる?僕が一緒にキャンプした子たちは夜になるとみんな怪談の話をするんだ。”
“じゃあどんなストーリーか話してみなよ。” ジョンが言った。
クリスはそれを私たちに聞かせた。なかなかに面白い。それらのうちのいくつかは私が彼の年の頃以来聞いてないものだった。私がクリスにそう伝えると、クリスは私からのストーリーを聞きたがった。しかし、私には覚えているストーリーがない。
しばらくしてまたクリスが口を開いた。“幽霊って信じる?”
“いいや”、と私は答える。
“なんで信じないの?”
“だって幽霊は 非·科·学·的だからさ。”
私のこの言い方にジョンは笑みを浮かべた。“幽霊は物質を何も含んでいない。” 私は続ける、“エネルギーも発していないだろ、だから、科学の法則によれば人々の心の中にしか存在してないんだ。”
ウイスキーに加えてこれまでの疲れや木々からの風が頭の中で混ざり合う。“もちろんだけど、、、” 私は付け加えるように言った、“科学の法則だって何も物質を含んじゃいないし、エネルギーだって発していない。つまり人々の心の中にしか存在していないと言える。だから完全に科学的であれというのであれば、幽霊も科学の法則も信じないのが筋ってもんだな。そうすれば何も誤っちゃいない。ただそうすることによってほとんど信じられるものは無くなってしまうけれど、それも科学的ってもんさ。”
“何のことを言ってるのか分からないよ”、クリスが言った。
“ちょっとふざけてるだけだよ。”
私がこんなふうに話す時、クリスははたいていイライラするがそれほど彼に害があることでもないだろう。
“YMCAのキャンプにいた1人の男の子が、「僕は幽霊を信じてる」って言うんだ。”
“彼はただ単にお前のことをからかってたんだよ。”
“ううん、そうじゃないよ。彼は言ってた、「もし死んだ人がきちんと埋葬されなかったら、幽霊となって人々に取り憑くんだ」って。彼は本当にそう信じてるんだよ。”
“だから彼は単にお前のことをからかってたんだ。” 私はもう一度言った。
“彼の名前は何て言うの?” シルビアがクリスに尋ねる。
“トム·ホワイトベア。”
ジョンと私は視線を交わし、お互いに同じことに気が付つく。
“あぁぁあ、インディアンの子か!” ジョンが言った。
私は笑って口を開いた、”さっき言ったことは少し撤回しないといけなさそうだね” 私は続ける、”僕が思ってたのはヨーロッパの幽霊の方だったんだ。”
“一体何が違うっていうの?”
ジョンは思わず声をあげて笑った。”こりゃ一本取られたな、クリス。” ジョンは言った。
私は少し考えてから話し始めた。”そうだな、インディアンはしばしば違ったものの見方をするんだ。僕はそれを完全に間違っているなどとは思わない。科学は本来インディアンの伝統の一部ではないってことさ。”
“トム·ホワイトベアは言ったんだよ、母さんと父さんはそんな幽霊みたいなこと信じちゃいけないって。でも彼のおばあちゃんが「本当のことだから」って彼に言い聞かすんだって、だから彼も信じてる。”
クリスが私に向ける目には嘆願の意がこもっている。クリスは時々こんなふうに心の底から物事を知りたがる。このままおふざけを続けるのは本当に良い父親のやることではない。
“よし、わかった” 私はこれまでの内容を覆して言った、”僕だって幽霊は信じるさ。”
今度はジョンとシルビアが首を傾げて私の方に目をやる。
私はこれから話すことが長丁場になることを覚悟しながら語り始めた。
”至って自然なことなんだよ、幽霊を信じるヨーロッパの人たちだったり、それを信じるインディアンの人たちのことを無知だと考えるのは。”
今や科学的な考え方がこれまでのあらゆる考え方を押し退け、今ままでの考え方を原始的だとみなして影に追いやった。だからもし今日において幽霊や霊魂なんてもののことを語り始めれば、その人は無知だと言われるし気が狂っているとさえ思われるかもしれない。幽霊が本当に存在している世界を想像するなんてほぼ完全に不可能と言える。”
ジョンがそうだと言わんばかりに頷くので、私は続ける。
“僕の個人的な意見を述べるなら、現代人の知能だってそれほど優れているわけじゃない。IQだってそれほど変わらない。インディアンや中世に生きた人たちだって僕らと全くと言っていい程、同じくらい賢かったんだ。でも彼らは全く違う文脈で物事を考えた。その文脈においての考えで言えば、幽霊や霊魂だって、現代人にとっての原子や素粒子、光子、量子と同じくらいかなり現実的だと考えられる。そういう意味においては僕だって幽霊を信じてる。現代人には現代人の幽霊や霊魂があるってことさ、分かるでしょ。”
“それは何のこと?”
“ほら、物理学や論理学の法則、数の体系だってそう、代数置換の原理なんかもね。これらは全部幽霊だ。僕らが完全に信じ切っているから現実に存在しているように思えるけどね。
“俺にだって現実のように思えるぞ。” とジョンは言う。
“よく分からないや。” とクリス。
そこで私は続ける。
“例えばだけど、引力や引力の法則がアイザック·ニュートンが生まれる前に存在していたと考えるのは実に自然なことだよね。17世紀までは引力なんてなかったなんて言うとそれこそ狂気じみて聞こえるはずさ。”
“もちろん、そうだよ。”
“じゃあ聞くけど、いつこの法則は始まったと思う? それはもともと存在していたもの?”
ジョンは私が何を言おうとしているのか分からず顔を顰めた。
“僕が言いたいのはね、” 私は再び話し始める、”この地球が始まる前、太陽や星が生まれる前、原始人がいた頃なんかよりも前に、この引力の法則は存在していたかってこと。”
“もちろんさ。”
“質量も何も含まないのにそこにあって、エネルギーも持たず、誰の心の中にあるわけでもなく、だってそもそも誰も存在していないんだからね。宇宙にあるわけでもなかった、だって宇宙すらもない頃だよ。どんな場所にもない、、、それでもこの引力の法則は存在していた?”
するとジョンも確信が持てなくなってくる。
“もしこの引力の法則が存在してたって言うのなら、” 私は言う、”正直言ってどんな物事でも「存在していない」っていう保証なんかどこにもなくなってしまうはずなんだ。僕にとってはこう思える、この引力の法則は「存在していない」とみなされるものの基準の全てをクリアしているはずだよ。だって、「存在していない」ものの特徴でこの法則が満たしていないものなんてない。逆に言えば、科学的な観点からこの法則が「存在している」という特徴を一つも挙げることができない。それでもなお、「この法則は存在してる」っていうのが ”常識” なんだ。
ジョンは言う、“確かにちょっと考えてみなきゃいけないな。”
“そうだね、もしそれについて長い時間考えてみたらどうなるか教えてあげようか。きっと延々と堂々巡りを繰り返した後に、ただ一つ可能性があって論理的でかつ賢明な結論に辿り着く。この引力の法則しかり引力そのものっていうのはアイザックニュートン以前には存在していなかった。それ以外の結論は理にかなわない。”
“そしてそれは何を意味するかって言うとね。” 私はジョンが割って入る前に言う、”それが何を意味するかと言うと、この引力の法則は人々の頭の中以外には存在していないということ。幽霊なんだ!僕たちはいつだって誇らしげに自惚れて他の人たちが描く幽霊を馬鹿にしたりするけど、実際には自分たちの幽霊のことには無知であり無神経で迷信的なんだよ。”
“じゃあなぜみんな引力の法則を信じてるんだい?”
“「教育」と言われる実に主流な形式で行われている集団催眠のためさ”
“学校の先生たちが引力の法則を子供たちに刷り込んでいるとでも言うのか?”
“もちろんさ。”
“そんな馬鹿な!”
“だれだって授業中に目と目を合わせることの重要性について聞いたことがあるでしょ?どんな教育者だってそれを強調する。でも誰1人としてそのことを解説しないんだ。”
ジョンは首を振って私に追加のウイスキーを注いでくれる。彼はあざけながら片手で口を覆ってシルビアへ語りかける。”分かるかい、こいつはいつもは普通の人間に見えるんだけどな。”
私は言い返す。”これは僕がここ数週間でしゃべったことの中で1番最初の普通のことだよ。他の時間は皆んなと同じように20世紀の狂気のまねごとをしてるんだ。あまり注意を向けられても困るからね。”
“でも、繰り返してあげるよ。” 私は言う、”僕らはアイザックニュートンの生前に何十億年も存在せずに実体のなかったあの言葉が、彼の発見によって奇跡的見つかったと信じてる。彼の法則は何にも適用されなかったかったけれどいつもそこにあったのだと。それから段々とこの世界が形成されていって、次第に彼の言葉がこの世界に適用されていったって。実際には、彼の言葉そのものがこの世界を形成したんだよ。そんなの馬鹿げてる、とジョンは言うだろうけれど。
“問題は、つまり科学者たちが矛盾に陥ってしまっているのは、その心についてのことさ。心には質量はないからエネルギーは含まれていない。でも科学者たちはその心が私たちが行うこと全てを支配していると知っている。論理は心の中に存在する。数字だって心の中にのみ存在している。僕は科学者たちが幽霊だって心の中に存在していると言ったって何も動じることはないよ。ただ、心の中にのみってところが気に食わない。科学だって心の中にのみ存在しているに過ぎないだろ。ただそれは物事を悪くしないだけであって。それなら幽霊だって同じことのはずさ。
クリス、ジョン、シルビアはみんな私の方を見ているのでさらに付け加える、”自然の法則というのは人間が作り上げたものさ。幽霊と同じようにね。論理の法則、数学のものだって同様に人間の発明だ。そういった素晴らしいとされているもの全ては人間が作り上げたもの。もしそれらは人間が作ったものではないという主張にしても、その考えさえ人間が作り上げたものなんだ。
この世界は人間の想像力の外にはどこにも存在なんてしていないよ。全部幽霊さ。古代では僕たちが住んでるこの世の中全体が幽霊だと考えられていた。幽霊によって支配されてるんだってね。実際に僕たちはこの幽霊によって物事の考え方を支配されてるよ。モーゼやキリスト、ブッダやプラトンの幽霊。デカルトにルソー、ジェファーソンやリンカーン、名前を挙げるときりがないけれどね。アイザックニュートンなんて稀に見る幽霊だ。幽霊の中でもトップクラスだね。僕らの常識っていうのはこういった幽霊たちが過去に唱えていたこと以外ではありはしない。そういった幽霊たちは今もどんどん生まれていっていて、今を生きる人々の思想の中に生き場を見出そうとしてるってわけさ。
ジョンの頭には今の考えが駆け巡っていて口を開くことができないようだ。一方でシルビアはワクワクしている。”どこでそんな考えを習ったの?” 彼女は尋ねる。
私は今にも答えてしまいそうになるがやめた。おそらく少し話せるところまではすでに話したのだ。いや、むしろ話し過ぎたくらいだろう。このあたりでやめておかなければならない。
しばらくしてジョンが言う、これからまた山々がみられていい旅になるな。””あぁ、そうだとも。” 私は賛同した。”最後にこれからを祝って乾杯だな。”
私たちはお開きにしてそれぞれの部屋へ戻った。
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僕は英語で書かれた原作を読んでからこちらの翻訳書を読みました。こちらの本は、多くの部分で自身の英文読解の解釈が正しいのかを確認する大きな助けとなり、翻訳者の方の努力に大変感銘を受けた作品でもあります。訳を担当されている五十嵐先生自身も翻訳には大変苦労されたようで「この書の難解さに幾たびとなく挫けそうになりました。」と記されているのですが、やはり「この書の翻訳で私の生き方が変わりました。」と、その感想を率直に綴られています。一言では決して語り切れないほどの沢山の思想と、それを裏付けるロバート氏のガチガチのロジック。また、理論に偏りすぎることなく「自分の取り組んでいる物事に対して繊細な注意を向けたり、熱を込める。」ことの真意に対する追求など。何年経っても色褪せることのない素敵な生き方のヒントがこの本には記されているように思います。